本当は2度泣いた チョーオユー 

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自分は登山にきたら、「ぜったい登頂」それだけを常に考えてる。

登山の工程に入った時から

「登頂」「登頂」「登頂」「登頂」「登頂」それしか考えてない。

今回の登山で、僕は2度泣いた。

1度目は、9/30 チョーオユー、山頂へのアタックの朝 camp1(6400m)

天気は最高 !! よっしゃ!!と思ったら、なんと上のルートがまだできていないとの情報。

だから今夜のアタックできないかもしれないと。

今夜アタックできない! それは自分にとって、今回のチョーオユーの敗退を意味してた。

今夜を逃すと天気が崩れ、次の登頂可能日は5日後 10/4

自分は、どうしても10/9に日本に帰らなくてはいけない。

そうなると、104日に山頂では遅すぎ。自分がいけるのは、いけて、10/1か2までだ。

つまり今日いけなかったら、この時点で今回のチョーオユー敗退確定だ。

数年前、ゴビ砂漠マラソンに出た時に、パリダカ出場経験もある

今でも尊敬している先輩が以下のようなことをおっしゃっていた。

「パリダカでも一見人からみてもどうしようもないような事故などでリタイヤする人が多くいるが、じつはすべて自分が作っている。もっともらしい言い訳を。すべての結果は自分で作っている。」

そうか!これは確かに間違いない!と思った。

その時から、天気のような、一見自分と関係ないような外的要因だろうと、

実は自分の心が招いた結果だと僕は思うことにした。

だからどんな理由であれ、今日アタックできないのであれば、

自分の心が招いた結果。

つまり、じつは、自分が山頂に挑戦するのが怖くて、こんな事態を引き寄せたんだ

今回だと、ルート(フィックスロープが貼られてない)がないというものを無意識のうちに望み、

挑戦できないことを望んだ。そんな現実を自分がそうひきよせたんだ。

なんてこった!

1ヶ月もコツコツと耐えて、準備したつもりだったけど、

結局自分がそんな自体を引き寄せ自分に負けたんだ。

思わず自分の情けなさに、泣いた。

自分の体調ならどうだってできる。

酸素をすったり、登頂日だけのためにエネルギーをためて、全身全霊ぶつけることだってできる。

でも本当の意味で外的要因を制御できないのは、ぜったいに自分の責任だ。

人にはもっともらしい言い訳として使えるかもしれないけど、関係ない。

間違いなくこれは自分が引き起こした。ああ、なんてなさけない。

自然と涙が溢れた。

でも、半ば諦めかけた時、一つ上のキャンプ2(7000m)から奇跡にも近い朗報が!

なんと!今晩アタックできることがきまったらしい!!

(あとでわかったのだけれど、なんと、この秋登るのは、自分達が初めてで、

夜にルートを作りながら登るということだったらしい)

とにかく嬉しかった。挑戦できるのが嬉しかった。

で、夜12時に出発し、じっくり時間をかけて山頂へ。

そうそう、8000m、みんなどんどん脱落していくと思ったら

なんと誰も脱落しない!

南米のアコンカグアの時は、前にヘロヘロの方が、たくさんいて、一気に抜けたんだけれど、

今回はヘロヘロの人がほとんどいないし、前から一人として脱落してこない。

さすが!8000mの山に挑む人というのはこういうものみたいだ。

また今回のチョーオユー、8000mでもっとも簡単な山で「とても緩やか」って

聞いていたのだけれど、

「緩やか」というワードを今一度「広辞苑」で引きなおしてみたくなるような

どこの辺が「緩やか」なのかと思うほど、最初の取り付きから途中まで、自分にとっては急斜面。

これを「穏やか」と表現する皆様のユーモアセンスに脱帽。

(あっそう、確かに山頂間近、最後は緩やかではあった)

まあ、そんなこんなしながら、7時間ほど暗闇の中の山を登り続け、

最後、今回、2度目の涙を流した。

山頂間近で実際のエベレストが現れたときだ。

はじめての8000m

自分には、文字ではなかなかあらわせないほどきつくて、

(人生で一番きつかった体験がまた更新されて 毎回山でいつも更新されるけど(笑))

そんな状況で、山頂でみた本物のエベレストはとっても美しかった。本当に美しい!

話は飛ぶけれど、僕は、今回の自分の人生で「宇宙に行く」ことを本気で目指している。

そして、宇宙に自分だけの360度ガラス張りのアトリエ(モジュールをうかべて)で

座禅をして、死んだら最後は宇宙に宇宙服をきせて放り投げてもらうことを本気で目指している。

じつは以前、宇宙旅行も本当に申し込んでいたし、

20代後半にとっくにつぶしてしまったけど、アメリカを行き来したりして

宇宙の会社の真似事もやっていた。

また民間でお金を払って宇宙に行く日本人の方がいると聞けば、

その方がトレーニングしているという、ロシアにあるトレーニング施設にも、

まったくアポなしで、突然押しかけ、お話を聞いたりもしていた。

そんなことやりながらも、結局お金なくなっていったん宇宙は一度途中で頓挫したんだけれど。

そんな宇宙。一度潰した宇宙、

「エベレストに行ってから宇宙に復活します!」

といって、やめていたものの、その時から気づけばすでに10年ぐらいがたってしまっていた。

結婚前にもうちの奥さんに「宇宙に行くんだっ」って宣言していたし。

でもそんな宣言も危なく「ただの口だけ宣言」に成り下がろうとしていた、自分の中でも。

「おっとっとこれじゃいかん!」と自分を見つめ直したのが、2年ほど前。

それからまたいたるところで「エベレストに行く!」とあえて宣言するようにした。

仕事で、うちのお店にメガネの撮影にきた取材の方にもなぜかメガネのことは話さず、

永遠宇宙とエベレストのこと話したりと、見境なく(笑)

話を戻すと、エベレストは、もちろん、ただただ純粋に山頂に立ってみたいんだけど、

どちらかというと今は、それよりも、今後の自分にとっての重要な通過地点で、

何としても通過しなくてはいけないこれからの本番の人生?の象徴のようなもの。

昔から自分の「人生でのやるべきリスト」の中に「エベレスト登頂」というものはあったものの、

どちらかというと、今後宇宙を本気でやるならこれくらいは!と

第2の人生でのスタートラインとして自分に課したもののようだ。

自分は登山家ではないし、強くもない。ただの一般人だ。

山登りをする理由はただ一つ、

自分がそう決めたから、それをやるだけ。

それがたまたまエベレスト。それだけだ。

だけど自分で決めたことは全力でやりたい。

それは時に、トライアスロンだったり、砂漠マラソンだったり、

資格の勉強だったり、海外にお店作ることだったりするけど、

本当は内容がなんであろうとあまり変わらない。ぜんぶいっしょ。

自分のいうことは、どうやら世間的には突拍子もないとか、

現実味がないとかで、大抵普通の人からは信じられない。

でも自分自身だけは大真面目に信じている。いや信じようとしてる。

とはいっても、自分自身、自分を信じられなくなることも本当に多々ある。

本当の自分なんてじつはしょっちゅう揺らぎまくりだ。

ごもっともな言い訳なんて世間にはゴロゴロしている。

自分の夢をあたかも「それはしょうがないよ」ともっとものように

放り出すのは簡単だ。自分さえもだまして。

だから本物のエベレストを見たときは思わず

泣いた。山頂に近づくにつれ、大きくなる本物のエベレストをみて、

思わずマスクの中で泣いた。

とにかく、いろいろな自分だけの理由があって、

自分は「ぜったいに登頂」、「なんとしても登頂」と思って、いつも山に登っている。

今回もチョーオユーの神様、倉岡さん、シェルパの皆様

大変ありがとうございました!!

いい経験だったけど、最中はほんとしんどかった(笑)

とにかくありがとう!地球!!!!

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